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魔術的現代詩㉑『無人駅』 [魔術的現代詩]

此岸と彼岸――魂と魂の会話


無人駅.jpg



一体、何と話しているのだろうか?

――改札をまだ済ませていない、無人駅、草ぼうぼうの魂に覆われ、人生をおりた、一人の水夫(かこ)……。

その眼差し(気配)の向こうには、此岸と彼岸の間で交信される、魂と魂の会話が止めどなく繰り返されている。
実にもの静かで、慎み深い、人の世の年輪を幾重にも積んだ、極めて荘厳な詩集である。

     *

『無人駅』
川上明日夫
(思潮社・二〇一九年六月一日・二四〇〇円+税)

     *


見上げれば
ノスリが一羽
空でゆっくり舞っている
のだが
じつはそれより
もっと うえのほうだ
魂がやんだのにまだおりてこない
高い空の足音がきこえて
くる

「高い空の足音が」

     *


これまでに詩人は、この河岸を渡る魂との会話を連綿と「詩」に託してきた。
詩集『雨師』(2007・思潮社)辺りからであろうか?

「ぷつん、と電話がきれたようにあの方は逝かれてしまった」(あとがきより)頃であろう。
以後、数冊に及ぶ詩集に於いても、同じ語彙が使われ、同じ会話が繰り返され、そして同じ花の開花を尋ねあっている。


(白骨草 もう咲きましたか)
(紙魚のない/人生なんて)
(鰯雲 鯖雲 鯨雲も 流れてゆく)
(書き物という寂しい場所にも)
(耳の姿勢の濃い日でしたね)
(越前、道守荘、社の郷、/狐川)


これら度々繰り返されるフレーズは、他人の解釈を寄せ付けない、実にプライベートな約束事を暗喩したものであろう。
その真意に、よそ者が深く触れる必要はない。
ただ、この暗号めいた語彙のルフランによって、詩は個人的な会話から乖離し、周囲を巻き込む永遠へと受け継がれて行く。
川上明日夫の詩は、この『無人駅』一つでは完結し得ないのだ。
未だ詩人の魂は改札を抜け切れず、置き去りにされた、孤独な呼霊のまま浮遊する。

     *

雨が降っている
鶸が鳴いている
いつのまにか 魂が 終(や)んでいる
雨上がりの
空の途を
今なにかが ひっそりと 傘をさし
還っていった

「雨、鶸が鳴いている」

     *


先に逝ってしまったあの方との別れ。
「書き物」(=詩)という場所にただ一人残された寂寥感が、これ以上ない物静かなビジュアルを以って描出されている。
稀にみる秀作であろう。
それでも、詩の中であの方は、時に明るい仕草で詩人を慰めることになる。

     *

おしっこ なんて さっき
女房が空に還ってゆきましたよ
つるん と
ひと皮むけたような まるい
卵の雨 誰かに聞いてほしくて

白く洗っています

雨 降っています

「つるんと卵の雨」

     *


最早これは彼岸の話ではない。
まだ、生身の生活があった頃の日常会話の再現だ。

    
     *

ぼくは
湖を見ながら詩を書いている
すると
湖が自然の声のように
凪いでくる
心の平安によせる波の音色で
岸辺がわかる

「ぼくは湖を見ながら」

     *


詩作に没頭することによって、川上明日夫は孤独を孤独のままに、安らぎを安らぎのままに、(打ちよせられる 刻の想いに/我を忘れ)はにかんだ振りをするでもなく、その刹那の境域を受話器に向かって語りたいのだろう。


まだ電話は話し中なのである。


表題の「無人駅」は北陸線、新疋田駅(一日平均二十三人程度の利用者数)であるとともに、此岸と彼岸の改札口を暗示したものか。
全十二篇収録。
越前、道守荘、社の郷、狐川のほとりで、川上明日夫は、まだ当分のあいだ改札を済ませることはないだろう。



◆『季刊 びーぐる 詩の海へ』 45(澪標 2019年10月20日 1,000円 税込み)より、再録。

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