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魔術的現代詩⑯『アンドレ・ブルトンの詩的世界』 [魔術的現代詩]

痙攣的な「詩」世界の探求――藪下明博

アンドレブルトンの詩的世界.jpg


久しぶりにアンドレ・ブルトンに関する纏まった論考が上梓された。
詩人・朝吹亮二氏が三十年にわたり書き留めた、詩論・エッセー・研究ノート等を一冊にしたものである。
二部構成となっており、Ⅰ部には研究論文八本を、Ⅱ部にはエッセー六篇が収録されている。

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『アンドレ・ブルトンの詩的世界』
朝吹亮二
(慶應義塾大学法学研究会・2015年10月30日・四九〇〇円+税)


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多くは慶應義塾大学の紀要論文を再録したもので、一般にはお目にかかれない資料に溢れている。
まさにブルトンファンにとっては「至高」の喜びと言っても過言ではあるまい。
中には『シュルレアリスムの思想』(思潮社・1981)所収の評論「『磁場』序説」や、『現代詩手帖』(特集シュルレアリスムと20年代・1988)所収の「イマージュの変身譚」、『ユリイカ』(特集アンドレ・ブルトン・1991)所収の「博物誌の方へ」なども混じっている。
決して新しいものではないが、微塵も古さを感じさせないところは、論考の完成度が高い証拠であろう。

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アンドレ・ブルトンとは何者か?

――と、『ナジャ』の冒頭で投げかけられた「私とは誰か」という問いに匹敵する難問に答えるとするならば――

アンドレ・ブルトンとは詩人にして評論家、編集者、哲学者、美術家、政治的活動家……そして何よりもシュルレアリスム運動を打ち立てた宣言者であり、その忠実な実践家である。
過去におけるブルトンに関する研究論文は枚挙に遑がないが、その多くがシュルレアリスム思想を中心にした理論、解説の類で、その対象は「散文」を中心に扱われてきたことは否めない事実である。

そもそも『シュルレアリスム宣言』においては、初版は『溶ける魚』と併せて一冊をなしていた訳だが、著者も言及する通り、意外とこのことは忘れがちである。
元来詩人であるにもかかわらず、散文ばかりが研究の対象となっていたとする不満が本書を生んだ動機の一つであると著者は漏らしているが、何よりも著者の詩人としての資質が、無意識裡に詩人・ブルトンの「詩」そのものにスポットを当てようと欲したのではないだろうか?――

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もちろんブルトンの主要散文『ナジャ』『通底器』『狂気の愛』『秘法一七番』からの引用は目立つが(いや、目立って然るべきだが)、『磁場』や『処女懐胎』といった匿名性を孕んだ他者との共著詩作品、あるいは個人詩集としての『慈悲の山』『水の空気』『溶ける魚』などの「詩」そのものを深く探求するプロセスは、大変興味深く、また実に面白く読み進むことが出来た。

とりわけ「ブルトンの詩の読解」や「イマージュ論の展開」には強く惹きつけられるものがある。
特に後者は「イマージュ」なる概念が、大凡の輪郭は掴めるものの、依然曖昧なままに使用されてきた事実を指摘し、さらに「イマージュ」は「映像的」なものに留まらずに、むしろブルトンにとっては「聴覚的」に働いていることを検証したものである。

またそれは「自動記述」と深い関連があること、何よりもイマージュされる二つの事項の間に比喩機能が成立しない(他の言葉で言い表すことのできない)宙吊り状態を示している、と著者は指摘するのだ。

この宙吊り状態のイマージュは直喩(比較)からは生まれず「得られた閃光の美しさにかかっている」とするブルトンの言葉も紹介されている。
これは、まさにあの有名な『ナジャ』の一節に通底するものだろう。


「美とは痙攣的なものであり、さもなければ存在しないだろう」――と。





◇『季刊 びーぐる 詩の海へ 31号』 (澪標・2016年4月20日・1,000円+税)より再録
 
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