魔術的現代詩⑪『仁王と月』 [魔術的現代詩]
夢想に耽る
月は和紙で出来ている。
松の梢にあり、黄蘗色に発色している。
石は庭の中を廻り、隅鬼は煩悩の中へ入り込む。
そして仁王は、裏庭で桃に袋をつけている。……
『仁王と月』
浅井眞人
(ふらんす堂・2014年4月4日・2,500円+税)
なんと魅惑的なシチュエーションであろうか!
仁王と月と、架空の古刹にまつわる伽藍縁起を、妄想とも現実ともつかない境界域に戯れ、奔放でユーモラスな筆致で展開する物語詩。
これほどダイナミックな詩集には、滅多にお目に掛かれない。
*
月の満ち欠けは仁王の呼吸によっている
それは交互に繰り返して
この世で一度も途切れたことがない(「序」)
*
「序」として掲げられたこの原理に基づき、以後「仁王と月」は綴られていく。
「都」「石」「鬼神」「狐」とサブタイトルが付されているが、その主役はやはり仁王と月である。
仁王とは、一般に山門などを守る金剛力士のことで、阿吽の形を象る二体一具の像である。
しかしここでは、月のメンテナンスを担う万屋であり、時に壊れた月を修理し、時に他所の国へ月を届けに行く。
変幻自在なのであろう。
年中深酒をして、不動ならぬ、自由闊達に動き回る生身の者として描かれる。
*
仁王は 山に腰掛けて炭焼きをした
脚が炭にまみれたので 満月が光を出して洗った
いつもより光をたくさん使ったので しばらく暗い月がつづいた(「仁王と月」・四)
*
一方月は、俗世を照らす照明器具である。
ある時は反り橋となり、ある時は古生姜で、ある時は真桑瓜となる。
月には寿命があり、古い月は余所へ売りに出される。
仁王が息を吹くと、月は移動する。
仁王は、三十種類の月を持つらしい。
何と滅茶苦茶な物語だろか?
――石は、塀で囲まれた庭で逃げ隠れし、雪隠へ行ったり、厨へ行ったり、座敷の下で説教を聞いたりする。
鬼は返答を避けるため、自ら顔を取り、どうしたことか朱を好む。
狐・牛頭・馬頭など……土俗に根差す魑魅魍魎の喧騒が、心地よい攪乱と錯綜を以て描かれている。
*
程よい石を見つけてのせると 漬物桶がぎゅうと鳴った
あくる日 漬物石がなくなっていた 捜すと
辻の地蔵の背中が黄色くなっていた(「石」・壱)
*
まるでギリシャ神話を読んでいるかの錯覚に陥る。
いや、古事記の類であろうか?
閃きは止めどなく溢れ、そこには合理性の関与する隙を一切与えない。
詩の本領ともいうべき魔術性に満ちた、類まれな郷土史とでも表現しようか?
夢想に耽ること。
現代詩が置き忘れた詩の領分を、詩人は存分に楽しんでいるようだ。
*
月光させば連子窓 ぐつぐつ生える鬼の髭(「都」・八)
*
随所に七五調の短詩が現れ、これがまた優雅で老練な洒脱さが見事である。
月は和紙で出来ている。
松の梢にあり、黄蘗色に発色している。
石は庭の中を廻り、隅鬼は煩悩の中へ入り込む。
そして仁王は、裏庭で桃に袋をつけている。……
『仁王と月』
浅井眞人
(ふらんす堂・2014年4月4日・2,500円+税)
なんと魅惑的なシチュエーションであろうか!
仁王と月と、架空の古刹にまつわる伽藍縁起を、妄想とも現実ともつかない境界域に戯れ、奔放でユーモラスな筆致で展開する物語詩。
これほどダイナミックな詩集には、滅多にお目に掛かれない。
*
月の満ち欠けは仁王の呼吸によっている
それは交互に繰り返して
この世で一度も途切れたことがない(「序」)
*
「序」として掲げられたこの原理に基づき、以後「仁王と月」は綴られていく。
「都」「石」「鬼神」「狐」とサブタイトルが付されているが、その主役はやはり仁王と月である。
仁王とは、一般に山門などを守る金剛力士のことで、阿吽の形を象る二体一具の像である。
しかしここでは、月のメンテナンスを担う万屋であり、時に壊れた月を修理し、時に他所の国へ月を届けに行く。
変幻自在なのであろう。
年中深酒をして、不動ならぬ、自由闊達に動き回る生身の者として描かれる。
*
仁王は 山に腰掛けて炭焼きをした
脚が炭にまみれたので 満月が光を出して洗った
いつもより光をたくさん使ったので しばらく暗い月がつづいた(「仁王と月」・四)
*
一方月は、俗世を照らす照明器具である。
ある時は反り橋となり、ある時は古生姜で、ある時は真桑瓜となる。
月には寿命があり、古い月は余所へ売りに出される。
仁王が息を吹くと、月は移動する。
仁王は、三十種類の月を持つらしい。
何と滅茶苦茶な物語だろか?
――石は、塀で囲まれた庭で逃げ隠れし、雪隠へ行ったり、厨へ行ったり、座敷の下で説教を聞いたりする。
鬼は返答を避けるため、自ら顔を取り、どうしたことか朱を好む。
狐・牛頭・馬頭など……土俗に根差す魑魅魍魎の喧騒が、心地よい攪乱と錯綜を以て描かれている。
*
程よい石を見つけてのせると 漬物桶がぎゅうと鳴った
あくる日 漬物石がなくなっていた 捜すと
辻の地蔵の背中が黄色くなっていた(「石」・壱)
*
まるでギリシャ神話を読んでいるかの錯覚に陥る。
いや、古事記の類であろうか?
閃きは止めどなく溢れ、そこには合理性の関与する隙を一切与えない。
詩の本領ともいうべき魔術性に満ちた、類まれな郷土史とでも表現しようか?
夢想に耽ること。
現代詩が置き忘れた詩の領分を、詩人は存分に楽しんでいるようだ。
*
月光させば連子窓 ぐつぐつ生える鬼の髭(「都」・八)
*
随所に七五調の短詩が現れ、これがまた優雅で老練な洒脱さが見事である。
2014-08-28 14:54
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コメント(3)
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宗男様の解説のほうこそ洒脱。
「屋敷の下で説教をきいていたり」
想像してみました。何となくおかしい。
by ヴェルデ (2014-07-13 00:36)
>ヴェルデ様
読者の想像欲を掻き立てる、面白い詩集です。
「牛頭馬頭鬼ら打ち揃い 軒漏る煙嗅ぎに行く」
老練なロウレンジャーです。(笑)
by あおい君と佐藤君と宗男議員 (2014-07-14 01:08)
無骨もので詩はなじみがないのですが、
(川柳は好きなんですが)
読んでみようかな。
〉月光させば連子窓 ぐつぐつ生える鬼の髭(「都」・八)
こわいなあ。
日光さしたる虫小窓。二階の屋根裏に狂女あり。
・・・英国では屋根裏の狂女は「家族の秘密」の
別名らしいです。ジェイン・エアにもまさにそんな話が・・・。
飛騨高山の古民家で見た屋根裏は抱腹絶倒な品であふれてましたけど。
by ヴェルデ (2014-07-15 00:54)