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魔術的現代詩⑨『石目』 [魔術的現代詩]

詩と小説との境界域。
或いは、淡水と海水とが混淆する「汽水」のような散文詩群。
時里二郎の詩に触れる時、必ず脳裏をよぎるのがこの二つの境界域である。
果たしてこれは詩なのか? 
それとも小説なのか? ……と。


石目.jpg


『石目』
時里二郎
(書肆山田・2013年10月30日・2,800円+税)



十年ほど前に上梓された『翅の伝記』、更に遡る『ジパング』を俯瞰しても、本書はますますその傾向が顕著である。
もちろん、形式的なジャンル分けに拘るつもりは毛頭ないが、詩人の仕事として読むべきか、小説家の仕事として解釈するかによって、作品に対する捉え方が二分されるであろう。
どちらにしたところで作品そのものの真価が変わるわけではないが、しばしば読者は、そのパッケージを拠り所として、作品に夢を膨らますこともまた事実である。

かつて芥川龍之介は、谷崎潤一郎との間で「話」らしい話のない「小説」を巡っての論争を繰り広げている。即ち、小説の価値を定めるのは、話の奇抜さではなく、その純粋性に起因するのだという主旨で、「最も詩に近い小説」への価値を求める論争であった。
これを詩に置き換えて考えた場合どうだろうか? 
――「話」らしい話のある「詩」は、果たして純粋性に劣るであろうか?――と。 
時里二郎の散文詩群は、まさにこの命題の吃水線を上下する存在なのである。


冒頭の「ハーテビーストの縫合線」は、芥川の言う「話」らしい話のない「小説」そのものと言っても過言でない。同時に、本書所収中、最も純粋な散文詩でもあるのだ。骨格標本を作る仕事に従事する、とある女性の独言として描かれた言葉が、読者の感性に浸透する。


    *


 死んだ卵、孵らない卵だとはもちろんわかっていたが、卵の中は死ではなかった。死は取り除かれていた。生も死もない。何もない。空っぽなのだ。わたしはその空っぽの容器に、いつとは知れず自分の世界を重ねるようになった。


    *


「弓執る者」は、森の民と弓執る者との虚構を描いた、ボルヘス的世界観を彷彿とさせる創世記である。
一種の偽書であり、物語性は色濃く描かれている。 
表題作「石目」は、田植えの時期にやってくる女石工の話で、物語性は更に色濃く構築されている。
小説として読んだ場合、ネタバレめく嫌いがあるので詳細は控えるが、ノスタルジックなタッチと、女石工の奇妙な行動が不可思議なカラーで表現されている。
他に、ホラー的要素を含んだ昔語り「とりかい観音」や、共同体の妖しい習俗を扱った幻想譚「mozu」、SFともドッペルゲンゲルともつかない「森屋敷」などなど、十篇の作品が収録されている。


これらは、概ね「話」らしい「話」を含んだ作品である。
しかしその根底には、一貫した詩的精神が宿っていることも見逃せない。
つまるところ、小説であろうと、詩であろうと、この詩的精神の良し悪しが作品の質を左右することは否めないだろう。
ただしそれは、頭蓋骨の縫合線のように、複雑に入り組んで、なおかつ不明瞭なものである。


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コメント 2

ヴェルデ

ボルヘス…私がラテンアメリカの文学に関心を抱いたきっかけが
ボルヘスでした。もちろん翻訳で呼んだのですが(15歳の時)。

ガルシア・マルケスなくなってしまいましたね。

詩と小説・・・よくわからないですが、小説は詩よりももっと綿密な設計図が必要な気がします
プロット=骨組み
文体=細部の仕様
みたいな。


by ヴェルデ (2014-04-26 02:33) 

あおい君と佐藤君と宗男議員

>ヴェルデさま

あたしは、澁澤龍彦経由でボルヘスにたどり着いたかな?
とりわけ好きなのが「ブロディーの報告書」。
ほんの少ししか書いていないのに、世界的な大作家になってしまいましたね。

詩と小説……
綿密な設計図云々だけでは、詩と小説の区別はなかなかつかないかもしれませんね。
話の長・短に関して言えば、一般的に、長ければ長くなるほど綿密な設計図が必要になる傾向があります。
「ファウスト」なんかは、相当綿密な設計図が必要だったと思われますし。
違うかな?(笑)
でも、短いものでも(綿密な)設計図は必要となる場合があります。
逆に短い分、その完成度が強く要求されます。

むしろ、設計図の綿密性よりも、その有無にかかわる問題の方が、本質かもしれません。
詩における設計図なんて、本当に必要なのだろうか? ……と。
いろいろと解釈が違いますので、これは一つの考え方です。
詩とは、こうであるべきだなんていうものは存在しません。
……と、あたしは愚考いたします。(笑)


by あおい君と佐藤君と宗男議員 (2014-05-07 15:10) 

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